神明クリニック

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コラム(2016年)

12月号がん治療薬「オプジーボ」について
11月号2016~2017年度インフルエンザワクチンについて
10月号はしか(麻疹)の流行について
9月号下肢のむくみ
8月号誤嚥性肺炎について
7月号乳がんについて
6月号エコノミークラス症候群について
5月号大動脈解離について
4月号ジカ熱について
3月号慢性閉塞性動脈硬化症(ASO)について
2月号胆石症について
1月号C型肝炎の新薬について

がん治療薬「オプジーボ」について

先月、超高額の抗がん剤が半額になるというニュースがありました。「オプジーボ」という薬で、現在患者1人につき一ヶ月で約290万円、一年間で約3500万円かかっています。
いろいろと議論を呼んでいますが、まずどうしてこんなに高いのか。

薬の価格は国が決めているのですが、既に類似薬がある場合はそれを参考にして、その分野全体の薬剤費があまり大きくならないように調整されます。
しかしオプジーボのように類似薬がない場合は、その原価と発売後に得られるであろう適正な利益を計算して決められます。オプジーボは特殊な薬で原価が高く、また適応疾患が年間1500人弱の悪性黒色腫(メラノーマ)に限られていて、しかもその中の治療困難例(500人弱)のみであったため高額になってしまったようで、決して法外だったわけではないようです。

ではどうして半額になったのか。
薬価の改定は2年毎なので、オプジーボも本来なら再来年に改定されるはずだったのですが、特別に来年からに前倒しされました。理由は適応疾患が肺がんや腎臓がんまで広がり、売り上げや利益が急拡大したからです。こんなに高い薬ですから当然ですね。でも、これでもまだ違和感が拭えません。医療費負担が1割の方でも月額薬代だけで29万円もかかります。とても無理ですね。

実は日本の医療保険には「高額療養費制度」という制度があり、収入に応じて自己負担額の限度がありますので、この制度のおかげで治療が受けられているわけです。しかし、個人は大丈夫でも国の保険財政は苦しくなりますね。オプジーボの報道の中でやはりこの点が議論されています。財源に限りがある以上、“費用対効果”という考え方が重要視されてきており、すなわち効果が少ないものに多額のお金をかけていては保険財政が維持できず、最終的に国民皆保険制度が破綻してしまいます。ですから「どの程度の効果ならその費用をかける意義があるのか」ということをいろんな方面から十分に検討をしていく必要があるというわけです。

さて肝心のオプジーボの効果ですが、適応疾患が治療困難例のため劇的に効果があるとは言えませんが、生存率の延長にはある程度貢献していると言えそうです。ただこの薬、すごく可能性を秘めた薬なのです。これまでの既存の抗がん剤とは全く違っていて、私たちの体の中に元々備わっている腫瘍に対する免疫細胞の働き(腫瘍免疫)を回復させることでがん細胞をやっつける画期的な薬で、このタイプの薬がこれからのがん治療を席巻するかもしれないと期待されているのです。

いきいき生活通信 2016年 12月号

2016~2017年度インフルエンザワクチンについて

ちょっとノーベル賞のことを。子供の頃、「水虫の薬を発明したらノーベル賞や」とか「ノーベル賞獲ったら一生お金持ちや」と足の水虫に苦しんでいた父からよく言われたものです。いつの間にか私の中では“ノーベル賞=水虫の薬=大金持ち”という関係式が出来上がっていました。

そんなすごいノーベル賞(医学・生理学賞)を今年は東京工業大学の大隈良典栄誉教授が受賞されました。“オートファジー”という現象を発見されたのですが、私は正直あまり馴染みがなく、今回の受賞後に慌てて調べた次第です。
細胞内の不要なものを取り込んで分解し、再利用する仕組みのようで、ほとんど全ての生物にみられ、これが働かないと生物は生存できないらしく、とても重要な発見だったようです。最近はオートファジーが癌や老化現象などにも関わっていることが明らかになってきており、今後ますます注目されそうです。すばらしいですね。これで日本人は3年連続の受賞となりました。来年はそろそろ村上春樹さんでしょうかね。

さて今回はこの時期にいつもお話しているインフルエンザワクチンについてです。今年のインフルエンザワクチンは昨年度と同様4価のワクチンです。即ちA型2種類とB型2種類の合計4種類の抗原が含まれています。これまでは3種類の抗原(A型2種類とB型1種類)だったのですが、B型でもA型のように2種類のタイプ(山形系統とビクトリア系統)が混合流行することがあり、昨年度から4種類に増えたのです。実際に、昨シーズンは予想通りその4種類のインフルエンザが流行しました。

しかしその中でA香港型のタイプはワクチン製造過程で選定した同タイプのウイルス株と抗原性が大きくズレていたようで、今シーズンからはそのA香港型の株だけ変更となりました。他の3タイプは昨年のワクチンと全く同じ株が使用されています。一般的にインフルエンザウイルスは毎年わずかに変異するので、同じ型でも若干違いがでてきます。ワクチン製造のために選んだ株が流行したウイルスとかなり類似していればワクチンの効果は期待できるのですが、そうでなければ期待薄です。

また類似していても、ワクチン接種によって肝心の抗体が十分にできるかどうかは年齢や個体差が大きく、ワクチンの出来・不出来にも依ります。「折角ワクチンを接種したのにインフルエンザに罹って大変だった」という声が毎年聞かれるのはそういう訳なのです。ワクチンは万全ではありませんので、普段から体調管理にはくれぐれも気をつけて下さい。

いきいき生活通信 2016年 11月号

はしか(麻疹)の流行について

この夏、関西空港の従業員を中心に麻疹の集団発生がみられました。
テレビ等でも結構報道されていましたので、皆さんもご存知かと思いますが、麻疹と聞いて懐かしい気持ちになった方もいるのではないでしょうか。

麻疹ウイルスは非常に感染力が強いので、ワクチンが無かった時代にはその感染を防ぐことは難しく、私が子供の頃にも多くの人が麻疹に罹っていて、そして麻疹に感染することでその免疫を獲得していました。
即ち麻疹は「一生に一度は感染するものであり、しかし一生に一度しか感染しないもの」として昔から認識されていました。

また昔は子供の頃に麻疹で亡くなることも多く、その恐ろしさ故「命定め」と呼ばれていて、まさに「麻疹に罹って一人前」だったのです。でも親はさぞかし心配だったでしょうね。ちょっと母に聞いてみたのですが、「あんたは軽すぎてあんまり覚えてないわ」とのこと。本当に自分が麻疹の免疫を持っているのかちょっと不安なのですが・・・さて、そんな怖い病気を何とかするのが人間のすごいところで、1954年には世界で初めて麻疹ウイルスが分離され、そして程なくワクチンが製造されました。

日本では1978年より定期接種となり、1989年にはおたふくかぜ、風疹との3種混合ワクチン(MMR)が導入されました。しかしMMRワクチンは副作用(髄膜炎)が多くみられたため、結局数年で中止となり、2006年からはおたふくかぜを除いたMRワクチンとして2回接種されるようになりました。この2回接種が非常に良かったようで、それ以降麻疹の発生数は激減しています。ヒトに感染することで増殖する麻疹ウイルスにとっては死活問題であり、実際に国内産の麻疹ウイルスはほぼ排除できていると考えられています。
では今回の麻疹の流行はどういうことでしょうか?

まず私と同年代(昭和40年代生まれ)や年配の方々は麻疹に感染することで免疫を獲得している人が多く、そして平成2年生まれ以降の人達はワクチンを2回接種しているので、十分な免疫を持っている可能性が高いと思われます。問題はその間の世代の人達です。ワクチンを接種していない人やワクチンは一回接種したけど効果が長く続かなかった人が結構いるのです。関空にもたくさんいたのでしょう。海外から持ち込まれた麻疹ウイルスが関空でちょっとした騒ぎを起こしたのはそういう訳なのです。

いきいき生活通信 2016年 10月号

下肢のむくみ

今年の夏も暑かったですね。でもそれ以上にリオのオリンピックは熱かったですね。本当に感動しました。柔道も水泳もレスリングもテニスもその他たくさんの競技に感動しましたが、中でも私が一番印象に残ったのはリレーです。まさか400mリレーで米国に勝つとはびっくりです。あの陸上王国の米国に、しかも短距離種目で勝つなんて絶対に無理だと思っていたのですが、こんな日が来るとは。
4年後は東京です。是非、観に行きたいと思っているのですが、きっと街はすごいことになるんでしょうね。
さて、病気の話もちょっとだけ、今回は下肢のむくみについて説明してみます。

外来でよく聞かれる訴えのひとつなのですが、重大な病気が隠れていることもあるので要注意です。下肢のすねの部分を数秒間指で強く押してみて下さい。“ぼこっ”とへこむ場合はむくんでいます。
そしてこのむくみが病的な場合は顔もむくんできたり、体重が毎日1~2kgずつ増えたり、全身倦怠感や呼吸困難がみられたりします。
ではなぜむくむのでしょうか。

むくみを起こす代表的な病気を例に説明してみると、

①心不全
下肢の静脈は重力に抗して心臓へと流れていきますが、肝心の心臓の受け入れが悪いと下肢の静脈圧が高くなり、静脈内の水分が血管外へ漏出するわけです。
②腎不全
腎臓が悪くなると水分や塩分を尿中へ十分排泄できず、余分な水分が体に溜まりやすくなります。また逆に体に必要なタンパク質は過剰に排泄されるようになります。
血液中のタンパク質は血管内に水分を保持する働きがありますから、腎不全→(体内の水分貯留+低タンパク血症)→(血管内の水分保持低下)→下肢のむくみとなります。
③肝不全
タンパク質の中心成分であるアルブミンは肝臓で作られますので、肝不全時は低アルブミン血症となり、腎不全時と同様の機序により下肢のむくみを来たします。
④下肢静脈瘤
静脈弁の破壊により心臓へと戻るはずの静脈が下肢に逆流してうっ滞し、静脈圧が高くなることでむくみを生じます。
⑤特発性浮腫
20~50代の女性に多くみられ、飲水量に見合った量の排尿がなく、体に水分が溜まりやすい状態になるためむくみます。原因は不明ですが利尿剤や下剤の乱用、ストレス、無理なダイエットなどが関連していると考えられています。

その他、⑥薬剤性(漢方薬や血糖降下剤)などがありますが、指で押してもへこまないむくみは⑦甲状腺機能低下症や⑧リンパ性浮腫などを疑います。

ちょっと解りにくくて申し訳ありません。
ここではすべてを説明出来ませんので、むくみが気になる方は病院で相談してみて下さい。

いきいき生活通信 2016年 9月号

誤嚥性肺炎について

日本呼吸器学会のホームページには「日本人の死亡原因の第4位は肺炎で、その94%は75歳以上である」と書かれています。“肺炎で死亡すること人はそんなに多いのかな”というのが私の率直な印象なのですが、今はクリニック勤務だからでしょうね。病院勤務の先生や在宅医療に熱心な先生にとってはよくあることなのだと思います。高齢者にとって肺炎は要注意な疾患であるわけですが、その高齢者の肺炎の70%以上が誤嚥性肺炎とも言われています。

今回はその誤嚥性肺炎について少しお話してみます。そもそも誤嚥とは飲食物や唾液など本来なら食道から胃へ送られるものが誤って気管に入ってしまうことですが、特に高齢者は物を飲み込む機能が低下しており、誤嚥を起こしやすい状態にあります。誤嚥物には細菌も含まれていますので、肺内でその細菌が増殖することで肺炎を引き起こします。

ただ誤嚥性肺炎が起こるのは食事の時だけではありません。実は眠っている時など気付かないうちに誤嚥していること(不顕性誤嚥)が少なくないのです。嚥下機能の低下に加えて、加齢や脳血管障害、睡眠薬などの使用により咳反射や嚥下反射も低下しているため、知らない間に誤嚥してしまっているのです。症状も発熱や咳、痰などの典型的な肺炎の症状を来たさないこともあり、何となく元気がなかったり、倦怠感を訴えるだけということもあります。

また誤嚥性肺炎は何度も繰り返すという特徴があります。治療はやはり抗生剤が中心なのですが、繰り返し起こる誤嚥性肺炎では耐性菌の出現もあり、そのため治療困難になることも多く、そのことが高い死亡原因の要因にもなっています。

したがって予防が重要なのですが、具体的には
①食後すぐに横にならない(胃内容物の誤嚥も結構あります!)。
②嚥下しやすいように睡眠時には頭の位置を少し上げておく。
③口の中は細菌が繁殖しやすいため、口腔ケアにより口腔内を清潔に保つ。
④肺炎球菌は誤嚥性肺炎の起因菌でもあるため、肺炎球菌ワクチンを接種する。
⑤栄養状態や体力を改善するなどです。

普段健康を自負している方でも誤嚥の可能性はありますので、注意して下さい。皆さん、まだまだ暑い日が続くと思いますので、熱中症にも気をつけて下さいね。

いきいき生活通信 2016年 8月号

乳がんについて

イチロー選手が先日、日米通算最多安打記録を達成しました。
イチローが活躍し始めた頃、私はちょうど駆け出しの研修医でした。「医師としてしっかりとやっていけるのかな」と不安な日々を送りながらも新聞のスポーツ欄を見ては、「すごい選手が出てきたな」とわくわくしていたのを覚えています。
何度かイチロー見たさにグリーンスタジアム神戸に足を運んだこともありました。あれからもずっと頑張っているイチローはまさに“日本の宝”ですね。

さて、今回は今話題の乳がんについてです。私は乳がんの専門家ではないし、また乳がんは非常によく知られた病気ですから、今更私が皆さんにお話できることはあまりないのですが、少し思っていることを書いてみます。

乳がんは近年著しく増えており、“女性の12人に一人が乳がん”とも言われています。乳がんと闘っている芸能人のことがテレビなどで度々話題になっていますが、私の周りでも私と同年代の方々に次々と乳がんがみつかっており、乳がんが増えていることを実感しています。
高齢化の影響でがん全体の罹患数が増えているとは言え、乳がんは30代後半から増え始め、40代後半~50代前半が最も多いことが他のがんと違っていて、異質だと言えます。
働き盛りの大変なときに乳がんに罹患するわけですから、ご本人にも家族にとっても大変辛いことは想像に難くありません。

ではどうしてこんなに増えているのでしょうか?
はっきりとした原因はわかっていませんが、乳がんの80%近くは女性ホルモン(エストロゲン)によって増殖するタイプであり、またこのタイプの乳がんが増えていることから、どうやら乳がんの増加にはこのエストロゲンが大きく関与しているようです。
以前から未婚、初産年齢(30歳以上)、初潮年齢(11歳以下)、閉経年齢(55歳以上)、肥満(閉経後)などは乳がんの危険因子とされており、これらはいずれもエストロゲンの分泌が多くなる条件です。

今の日本は食生活の欧米化やライフスタイルの変化(晩婚少子化)などによってエストロゲンが不適切かつ過剰に分泌されるような時代になってきているのかもしれません。ちなみに米国では何と“女性の8人に一人が乳がん”だそうです。

では、どうすれば良いのでしょうか。
残念ながら今のところ、確実に乳がんを予防する方法はありませんので、やはり早期発見が重要です。
こんなに乳がんが増えているのにもかかわらず、検診受診率は欧米と比べると極端に低く、社会全体で取り組めば、もう少し何とかなるかなと思います。

いきいき生活通信 2016年 7月号

エコノミークラス症候群について

その日もいつもと変わらぬ日常を送っていました。
夜9時からいつものように妻と食事をして、あれやこれやと話をしながらNHKのニュース番組を見ていたところ、突然アナウンサーの方が緊張した面持ちで地震の報道を始め、強い揺れを捉えた映像が生々しく画面に流れてきました。

4月14日に熊本県で発生した地震(熊本地震)は震度7を観測する強い地震で、その28時間後には本震とされる更に強い地震が発生しました。震度7以上の地震が続けて発生し、また九州地方でこれほど強い地震が発生したのも初めてでした。その後も連日余震が続き、熊本県に大きな被害をもたらしました。

人間は自然の前では無力な存在だと改めて認識させられますが、それと同時に被災地に続々と集まるボランティアの方々や国全体で助け合おうとする姿勢には人の優しさや強さを感じさせられます。私も少しは見習いたいと思います。

さて、その熊本地震で関心を集めているエコノミークラス症候群について少しお話してみます。
エコノミークラスとは飛行機のエコノミークラスのことで、経験のある方はお分かりだと思いますが、窮屈ですよね。あの椅子に長時間座っていると、下肢の血流が悪くなります。
特に静脈は筋肉の作用によって心臓へと血液を送りますので、“じっとしている”と流れが滞りやすく、血液は流れが滞ると固まる性質がありますので、下肢静脈内で血栓(血の塊)ができることがあります。
この血栓は立ち上がったり歩行したりすると、その場から剥がれて心臓へと送られ、そして心臓から肺の動脈へと流れ着きます。そこで肺動脈が詰まってしまうとその先には血液が流れませんので、呼吸によって肺内に入ってきた酸素を血液内に取り込めなくなってしまいます。
その結果、酸素濃度が低下して呼吸が苦しくなるわけです(急性肺血栓塞栓症)。

症状の程度は血栓の大きさにもよりますが、大きな血栓だと肺動脈の根元で詰まりますので、肺に血液がほとんど流れない、即ち酸素がほとんど血液内に取り込めない状態となり、突然死や失神したりします。
被災者の方々は避難所での生活を余儀なくされるわけですが、脱水傾向で血液が固まりやすくなっている上、それまでの生活と比べてあまり足を動かさなかったり、あるいは車の中で窮屈な状態で寝泊りしたりしますので、エコノミークラス症候群を発症しやすいと考えられています。

震災での避難生活に関わらず、窮屈な場所で長時間じっとしているとエコノミークラス症候群を発症する危険性がありますので、その時はこまめに下肢をマッサージするようにして下さい。

いきいき生活通信 2016年 6月号

大動脈解離について

今年の2月末に大阪・梅田で乗用車が暴走し二人が死亡した事故がありました。
皆さんも覚えているかと思いますが、運転していた男性が“大動脈解離”という病気を発症したのが事故の原因とされています。

大動脈解離は大動脈の壁を形成している3層構造(血管内から外側に向かって内膜・中膜・外膜)のうち、何らかの原因で内膜が裂けて中膜に血液が流れ込み、そして中膜はもともとスポンジ状の構造であるため、流れ込んだ血液によって最終的に中膜と外膜が剥がれてしまいます。その血流を支えているのは残った薄皮一枚の外膜で、本来の3層構造の動脈壁と比較して弱くなりますので、瘤状に膨らんだり(解離性動脈瘤)、最悪の場合破裂することもあります。

また大動脈は心臓が起始部で、心臓そのものにも動脈(冠動脈)を分岐していますので、その辺りで解離すると冠動脈に血液を送ることができず、心筋梗塞を発症することもありますし、心臓を包む袋の中へ血液が流れ込んで、心臓を圧迫する心タンポナーデを引き起こしたり、大動脈弁を破壊して重症な大動脈弁閉鎖不全を発症したりします。

これらはいずれも生命の危険に関わる重大な合併症です。そして大動脈は心臓以外にもいろんな重要臓器へ分岐した動脈を通じて血液を送っていますので、解離した部位によっては、その分岐部を閉塞したりすることで、脳梗塞や脊髄梗塞、消化管や下肢の虚血などを引き起こすこともあります。発症するとたいていの場合は解離した部位に突然強烈な痛みがみられ、解離の進展とともに痛みも移動することがあり、それが診断の助けにもなります。

層状になった血管壁の内部が剥がれるのですから、相当な痛みでしょうね。痛みを感じた瞬間に突然死することもあり、今回の事故もそれに近い状況だったと思われます。
誠に恐ろしい病気なのですが、救命されるケースも少なくなく、私自身の経験では痛みの数日後に来院され、検査してみると大動脈解離だったということもありますし、緊急手術で救命された方もおられました。

さて、この大動脈解離の原因ですが、最も多いのが高血圧で、大動脈壁への強いストレスが重なることで、内膜が裂けると考えられています。中高年の特に男性の方、時々でも結構ですのでご自身の血圧をチェックして下さい。

いきいき生活通信 2016年 5月号

ジカ熱について

今夏、ブラジルのリオデジャネイロでオリンピックが開催されます。第1回オリンピックの開催(ギリシャのアテネ)が1896年ですから、かれこれ120年になります。
オリンピックにはたくさんの思い出がありますが、なぜか一番印象に残っているのが、当時金メダル確実と言われていた柔道の山下泰裕選手が出場出来なかったモスクワオリンピックです。すごく残念で、子どもながらに世の中の理不尽さに怒りを覚えたものです。
とにかくまずは無事に開催されることを願っています。

さて、今、そのブラジルを中心に流行している感染症がジカ熱という感染症です。
“ジカ熱”なんて病名、初めて聞きました。そんな病気があったんですね。ちょっと調べてみました。

ジカ熱はジカウイルスがヒトに感染することで起こる病気で、蚊によって媒介されます。即ち蚊に刺されることで発症するわけですから、一昨年夏に日本でも話題になったデング熱と似た病気と言えます。
ジカ熱は蚊に刺されてから2~7日で発症し、症状は軽度の発熱、発疹、結膜炎、関節痛などでほとんどのケースは数日で治癒します。症状が軽いため気付かないこともあり、また感染しても症状がない(不顕性感染)ことも多いようです。

また媒介する蚊は主にネッタイシマカで、日本には常在していないため、これまで日本国内で感染したケースはありません(海外で感染して国内で発症したケースは数例あり)。しかし日本にいるヒトスジシマカもジカウイルスを媒介できるため、デング熱のようにジカ熱を発症しているヒト→ヒトスジシマカ→別のヒトへとジカウイルスが伝播される可能性はあります。

それにしても症状が軽く、国内での発症もみられていないジカ熱が、なぜこんなに注目されているのでしょうか。
それは昨年からブラジルなど中南米の広い範囲で流行が拡大していること、そして妊婦が感染すると小頭症(脳と頭が未発達な先天性疾患)の子どもが生まれる可能性が強く疑われているためです。実際にブラジルではジカ熱の流行とともに小頭症の新生児の出生が急増しており、ジカ熱に感染した妊婦のうち約3割で胎児の異常が診断されたとの報告もあるようです。

何とか流行を抑えようとブラジルもいろいろと策を講じているようですが、オリンピックの開催は8月5日からですので、まさに蚊の活動期、日本でも十分な警戒が必要かもしれません。

いきいき生活通信 2016年 4月号

慢性閉塞性動脈硬化症(ASO)について

毎朝、郵便受けの新聞を取りに行くのが私の役目。最近はちょうど日の出の時刻の頃に重なります。まだ少し肌寒いですが、一日の始まりを実感しますね。
そう言えば「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく・・・」は『枕草子』の有名な冒頭部分。私の家からは白くなりゆく山も紫がかった雲も見えませんが、春は明け方が一番良いかもしれないなと思う今日この頃です。

さて、今回は慢性閉塞性動脈硬化症(以下ASO)についてお話します。
覚えにくい病名ですので、ASOで覚えて下さい。ASOは主に下肢を栄養する動脈に生じ、下肢の虚血を引き起こします。症状が軽い場合は下肢のしびれや冷感を感じる程度ですが、進行すると間歇性跛行(かんけつせいはこう)と言って、安静時には症状がなく、歩行すると下肢の痛みやだるさが出現し、休憩すると回復するといった症状がみられます。
運動時には安静時の10倍以上の血流が必要とされため、運動に見合った十分な血液が供給されず、虚血による症状が出現するわけです。心臓の動脈に置き換えると狭心症のようなものです。
そして更に進むと、安静時にも痛みがみられるようになり、潰瘍ができたり壊死したりすることもあります(重症下肢虚血)。こうなると大変ですので、早めの治療が大切です。

ASOの危険因子は他の動脈硬化性疾患(脳梗塞や心筋梗塞など)と同様で、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙、加齢などです。特に糖尿病患者さんでは重症下肢虚血に進行する患者さんを時々経験しますので、気をつけて下さい。

ASOかもしれないなと思ったら、まずご自身で両足を触ってみて下さい。皮膚の温度に左右差がある場合はASOが疑われます。そしてASOに対して、まず大事なことは先に述べた糖尿病などの危険因子をしっかりコントロールすることです。
また症状が軽い場合は適度な運動も有効で、運動によって血流が悪いところに、それを補うように新たに血管(側副血行路)が形成されることがあるのです!
もう随分前の事ですが、心臓カテーテル検査をしていた頃、心臓の冠動脈で側副血行路を初めて見たときには、ヒトの体は誠に上手くできているなと感動したものです。

実際の治療ですが、軽症例では薬物療法(抗血小板薬・血管拡張薬)が中心で、進行例では外科的治療(カテーテルによる血管形成術・人工血管バイパス術)が行われ、十分効果は期待できるのですが、残念ながら下肢切断に至ることもあります。
そして最も強調しておきたいことは、下肢の動脈が硬化しているということは、脳や心臓の動脈も硬化している可能性が高いということです。
皆さん、一度ご自身の両足を手で触ってよく観察してみて下さい。

いきいき生活通信 2016年 3月号

胆石症について

この冬、話題の映画を二本観ました。「君の名は」と「この世界の片隅に」でどちらもアニメ映画です。「君の名は」は映像に迫力があって、とにかく気持ち良かったです。そして「この世界の片隅に」は声優ののんちゃん(能年玲奈さん:兵庫県出身)が独特の雰囲気を作り出していて、こちらも良かったです。
さぁ、もう2月ですね。この月が終われば冬の寒さもそしてインフルエンザも一段落です。皆さん、ぼちぼち頑張っていきましょう。

昨年、日本を訪れた外国人の数は2000万人弱で、過去最高だったようです。そんな影響もあるのでしょうね。“少しぐらい英語ができたらな”と憧れを抱きつつ、最近英会話を始めました。
実は数年前にも英会話に挑んだのですが、結果は散々で、結局たくさんの教材とわずかなトラウマだけが後に残っただけでした。この度はちょっと気合が違うと思うのですが・・・。
さて、今回は胆石についてお話します。

胆石は胆のう内および胆管内にある石のことであり、肝臓で作られた胆汁を貯蔵・濃縮するのが胆のうで、胆汁が流れる管が胆管です。胆のう内に貯められた胆汁は、食事の際に胆のうが収縮して胆管を介して、十二指腸に排泄され、脂肪の消化・吸収に重要な役割を果たしています。その成分はコレステロールや胆汁酸、ビリルビンなどで構成されているのですが、これらの成分のバランスが崩れると、胆汁の一部が固まって胆石が出来るわけです。成人の約8%が胆石を持っていると言われるぐらい、日常診療ではよくみられる疾患です。
特に中年以降の女性に多く、肥満や過食、ストレスなどが影響していると言われていますが、はっきりとした原因はわかっていません。

そして胆石の典型的な症状は胆石発作と呼ばれる食後の右上腹部痛で、しばらくすると消失することが多いのですが、胆のうや胆管に炎症を引き起こし、発熱がみられたり、重症化することもあるので、注意が必要です。

また無症状のことも多く、近年腹部エコーやCTなど、検診で偶然発見されることが少なくありません。症状のない方は基本的に治療の必要はないのですが、“胆石の手術をした患者さんの3%に胆のう癌の合併がある”とか、“胆のう癌の患者さんの60%に胆石がみられる”といった報告がありますので、年に一回程度、腹部エコー検査を行い、経過を観察します。

一方、胆石発作を起したり、胆のう炎や胆管炎を起す場合は治療が必要です。治療は結石が胆のう内にある場合と胆管内にある場合とで違います。胆のう結石の場合は外科的な胆のう切除術が、そして胆管結石の場合は内科的に内視鏡を使って結石を除去する治療が中心となります。また手術をされない患者さんでは、時々胆石を溶解する薬を使います。残念ながら薬の効果は10%程度ですので、あまり期待はできませんが。

さて、最後に患者さんから「胆のうが無くても大丈夫なのか」と聞かれることがあるのですが、これについてはほとんど影響ないようです。私の母は10年程前に胆のうを切除していますが、今でも実によく食べますね。

いきいき生活通信 2016年 2月号

C型肝炎の新薬について

皆様、明けましておめでとうございます。新たな一年が始まりましたね。
クリニックも今年で早10年目ですが、思い出すのは失敗の数々。「成功を祝うことは良いことだけど、失敗の教訓を心に留め置くことの方が重要だ」はビル・ゲイツさんの名言。私も心には留め置いているつもりなんですけどね・・・。初心を忘れず、少しでも地域医療に貢献したいと思っておりますので、本年もどうぞよろしくお願い致します。

さて、今回はC型肝炎治療の新薬についてのお話です。C型肝炎は以前のコラム(2011年5月号)でもお話したことがあるのですが、その時の内容を要約すると

  • ①C型肝炎ウイルスの感染によって起こること
  • ②ウイルスのタイプは6種類あるが、約70%の患者さんが治療抵抗性の“1b”型であること
  • ③放置すると慢性肝炎から肝硬変と進行し、肝臓がんを発症すること
  • ④15年ほど前までは有効な治療法が乏しく、多くの感染者が肝臓がんなどで亡くなったこと
  • ⑤最近になり新しい薬が次々と開発され、ウイルスを排除できる確率が格段に上がってきていること

・・・などでした。

そしてついにウイルスを排除できる確率が100%近い治療薬が昨年9月より使用できるようになりました。ハーボニー(商品名)という薬で、ウイルスの増殖を直接抑える2種類の薬(レジバスビル/ソホスブビル)が配合されています。
この薬の特徴は何と言ってもその高い効果にあるのですが、更に注目すべき点としては、これまでの抗ウイルス薬と比べて、副作用が少なくて、高齢者にも安全に使用できることです。

実はC型肝炎の治療はここ数年目覚しい進歩を遂げていたのですが、治療が非常に複雑で、注意すべき副作用も多々ありました。したがって、実際に治療を行うのは熟練した肝臓専門医であり、治療を受ける患者さんも高齢者であれば、難しい側面がありました。

私の外来でも、これまでは高齢の患者さんには治療を勧めておらす、経過をみている方が少なからずおられます。今回のハーボニー配合錠による治療は1日1回1錠を12週間内服するだけで、適応はウイルスのタイプが1b型で、慢性肝炎または代償性の肝硬変(重症でない肝硬変)の患者さんです。
発売されて4ヶ月。そろそろまとまった臨床データが報告されてくると思いますので、興味ある方は医療機関で尋ねてみて下さい。それにしてもすごいですね、医療の進歩は!

いきいき生活通信 2016年 1月号