神明クリニック

HOME ≫ 最新のコラム ≫ 2014年のコラム

コラム(2014年)

12月号尊厳死と安楽死について
11月号世界初のIPS細胞による移植手術について
10月号デング熱について
9月号エボラ出血熱について
8月号過敏性腸症候群(IBS)について
7月号食道がんについて
6月号老化について
5月号人間ドック学会の新基準について
4月号ロコモティブシンドロームについて
3月号TIA(一過性脳虚血発作)について
2月号超高齢社会と認知症について
1月号再生医療について

尊厳死と安楽死について

アメリカで29歳の女性ブリタニー・メイナードさんが「11月1日に尊厳死を実行する」と宣言し、実際にその日に医師から処方されていた薬を服用して亡くなられました。
メイナードさんは今年1月に脳腫瘍のため手術を受けられましたが、その後の経過が良くなく、4月には余命半年と診断され、尊厳死が合法化されているオレゴン州に夫とともに転居して、最後は家族に見守られながら息をひきとったそうです。

同情する声が多い中、“自殺を美化する”と言った批判的な意見もみられています。私は内科医ですので、これまで末期がん患者さんを少なからず看取ってきました。「最後は楽に逝かせて欲しい」という患者さんや家族の気持ちはよく理解しているつもりです。ただ、今回のケースのように医師が患者さんに“死ぬための薬”を処方する事には正直非常に違和感があります。

日本では尊厳死と安楽死という言葉が使い分けされています。曖昧な部分もあり、大雑把な説明になりますが、尊厳死とは人間の尊厳を保ったまま死に至ることであり、終末期医療においては、本来私たちが目指すべき事であると言えます。
一方、安楽死は終末期において、患者さんの希望・承諾のもとに、患者さんを苦しみから解放するために意図的に行われる“死なせる行為”あるいは“死ぬにまかせる行為”です。そして“死なせる行為”は積極的安楽死と呼ばれており、医師などの第三者が患者さんを人為的に死なせることであり、“死ぬにまかせる行為”は消極的安楽死と呼ばれており、延命措置等をせずに、自然な死を迎えるようにすることです。日本ではこの消極的安楽死については大方許容されていると言えるでしょう。

では、今回のメイナードさんのケースはどれに該当するでしょうか。医師が処方した“死ぬための薬”を服用したのはメイナードさん自身でしたので、自殺的な要素が高いのですが、その後に予想される病状を考えると、私は尊厳死であったことに異論はなく、広い意味で捉えれば、積極的安楽死だったと考えています。
今回のような自殺行為も含めた積極的安楽死の是非については非常に議論のあるところで、個人の権利だと思う人もいれば、間違っていると思う人もいるでしょう。正解はないと思うのですが、皆さんはどう思われますか。

いきいき生活通信 2014年 12月号

世界初のIPS細胞による移植手術について

今年の9月12日に世界初となるIPS細胞を使った移植手術が神戸の先端医療センター病院において実施されました。いずれは臨床応用されるであろうと思っていましたが、こんなに早く実施されるとは思いもよらず、正直驚きました。

今回の移植手術は、まず患者さんの皮膚から採取した細胞に6種類の遺伝子を入れてIPS細胞を作り、そのIPS細胞を網膜細胞(眼球の奥にある細胞)に分化させて、その網膜細胞を患者さんに移植する手術でした。患者さんは光を感じとる網膜の中でも中心的な部分である黄斑部が障害される加齢黄斑変性という疾患を患っていました。
文字通り、加齢によって黄斑部が変性する疾患なのですが、白内障や緑内障と比べて、皆さんには馴染みが薄いかもしれませんね。私もよく知りませんでした。

ちょっと調べてみましたので、補足しますと、加齢黄斑変性は50歳以上の約1%にみられ、日本でも高齢化に伴い、近年著しく増加しています。症状は中心部がゆがんで見えたり、あるいは見えなくなったりして、次第に視力が低下していき、失明に至ることも少なくなく、日本では失明原因の第4位(欧米では成人において第1位)となっています。また加齢黄斑変性は萎縮型と滲出型に分類され、特に滲出型は急速に視力の低下を来たすことがあり、重症例が多いようです。この度の移植患者さんも滲出型でした。

今回の手術ではその変性した黄斑部を取り除き、その部分に網膜細胞(移植片)を移植したわけです。
治療効果および腫瘍などの安全性が確認されるまでは、本当の意味での成功とは言えませんが、“千里の道も一歩から”ですね。正にIPS細胞による再生医療の第一歩を踏み出したことは医学界において大変意義深いことだと思います。今後おそらく2例目、3例目と続いていくことでしょう。そして、数年後には脊髄損傷やパーキンソン病への臨床応用が予定されているようです。

山中先生がヒトでのIPS細胞を樹立してから約7年、凄い勢いで世界中の研究者が“いかに安全かつ安定に”臨床応用できるか、しのぎを削って研究を重ねています。思えば、これまではIPS細胞をもってしても臓器を作ることは不可能だろうと考えていましたが、それさえも簡単にできるような時代がいずれやって来る、そんな勢いを感じています。

いきいき生活通信 2014年 11月号

デング熱について

今年のお盆前にバリ島旅行から帰国した知人から次のようなメールがありました。「帰国後、高熱が続いていて、きっとデング熱だと思うのだけれども、どうしたらいいのか」という内容でした。
デング熱?蚊に刺されて発症する病気だったかな?それぐらいしか私の知識にはなく、正直ちんぷんかんぷんで、適切なアドバイスもできませんでした。結局、彼は病院を受診し、症状などからデング熱ではないと判断され、すぐに回復したそうです。

さて、その話のあった3週間ほど後に『戦後初めて、国内でデング熱発生患者が確認された』というニュースが流れたものだから、私は別の意味で大変驚きました。ほぼ記憶から消去されかけていた病名を再び耳にするなんて。しかもこんなに短期間で。その後、次々に感染者が報告され、各メディアも大騒ぎで連日報道していたのは、皆さんの記憶にも新しいかと思います。

デング熱はデングウイルスをもった蚊に刺されることで発症する感染症で、ヒトからヒトへは感染しません。約3~7日の潜伏期の後、発熱、関節痛、頭痛などの症状がみられ、咽頭痛や下痢などの症状はなく、血液検査では血小板が減少し、また回復期に全身性の発疹がみられるのが特徴とされています。1週間程で回復しますが、稀に重症化することもあるようです。治療法は対処療法のみで、ワクチンも開発されていません。
国内で感染がみられた理由ですが、そもそもデング熱はデングウイルスの媒介蚊であるネッタイシマカ(日本にはいません)が生息する熱帯・亜熱帯地域、特に東南アジアや南アジア、中南米で流行している感染症で、近年は海外の流行地で感染し、帰国後に診断される例が毎年200例程報告されています。

今回の国内発生はそのような海外で感染した患者さんを日本に生息しているヒトスジシマカが吸血することで、その蚊の体内でデングウイルスが増殖し、そしてその蚊が他者を吸血することで、感染したと考えられています。戦後初(戦時中に神戸・大阪などで流行したことがあったそうです)と言う事ですが、おそらく私たち医師が気付かなかっただけで、これまでも国内発生はあったでしょう。
最近はインターネットの普及もあり、患者さんやその周りの方々の医学知識が豊富で、患者さんから指摘されて“ハッ”とすることが日常的によくありますから。

いきいき生活通信 2014年 10月号

エボラ出血熱について

今、世界を騒がせている感染症です。
致死率が50~90%と非常に高く、その危険性故に、これまで小説や映画の題材としても扱われています。一度聞くと忘れられないその病名は、確かに医学生の頃に覚えた記憶があるのですが、身近な病気ではなく、「世界にはそんな病気もあるんだな」くらいにしか思っていませんでした。
“エボラ”とは、この病気の最初の発症者が住んでいた地域に流れているエボラ川に因んでいるそうで、その原因ウイルスもまたエボラウイルスと命名されています。

さて、なぜ今、エボラ出血熱が話題になっているかというと、約40年前に発見されてから、昨年までの間にエボラ出血熱で死亡した人の数は1600人程度だったのですが、今年だけで既に1000人以上の人がこの病気で亡くなっているからです。即ち、これまではアフリカ地域で散発的にみられていた小さな流行が、今年に入ってから急速に拡大しているのです。
エボラ出血熱は、エボラウイルスに感染することによって突然、発熱、頭痛や嘔吐、下痢などの症状がみられ、最終的には全身性の出血がみられて死亡する非常に怖い感染症なのですが、感染力は弱く、結核や麻疹のように空気感染(1m以上病源体が浮遊する)することはなく、発病した人の血液や体液、排泄物などに接触することで感染すると考えられています。
ですから十分に注意しておれば感染は防げるはずなのですが、飛沫感染(病原体の浮遊は1m以内で主に咳やくしゃみなどによる感染)の可能性があることが気がかりではあります。ワクチンも、確立された治療法もなく、また今後、国内に持ち込まれる危険性もゼロではありませんので、国(厚生労働省)が中心となって感染予防に対して十分な対策をしておくことが重要でしょう。

そもそもウイルスは単独では増殖できず、他の生物に寄生し、その宿主のエネルギーや酵素などを利用しないと増殖できませんので、ウイルスも必死に宿主をみつけようとします。エボラウイルスの本来の宿主はコウモリと考えられていますが、何らかの理由により偶然ヒトに感染し、その感染者から他のヒトへと感染が拡大しているのが現状のようです。
しかし偶然の感染はもしかすると必然の感染かもしれません。なぜならヒトはウイルスに対して、自然破壊などにより、その生存を脅かすようなことを散々してきましたから。

いきいき生活通信 2014年 9月号

過敏性腸症候群(IBS)について

冷たいものが欲しくなる今日この頃ですが、皆さん、お腹の方は大丈夫でしょうか。
私はどちらかといえば腸が弱いほうで、急にお腹が痛くなって下痢をすることが時々あります。冷たいものを飲んで下痢をした経験は、誰もが一度くらいはあると思いますが、これがしょっちゅうだと大変です。冷たいものを口にしていなくても、食事をしただけや、少しお腹が冷えただけで、あるいはちょっとした緊張で下痢をしたりするようになると、すぐにトイレに駆け込める状況であればいいのですが、そうでないときは正に冷や汗たらたらですね。
また、いつ下痢が起こるかもしれないと思うと、当人にとってはそれだけで多大なストレスでしょう。このように慢性的に腹痛や下痢、あるいは便秘などの症状を繰り返し、検査をしても器質的な異常(癌や潰瘍など)がみられない病態を過敏性腸症候群(以下IBS)と言います。日本人の約10%に認められ、ストレス社会に多く、一種の文明病と考えられています。

さて、どうしてこんなに下痢をしやすくなるかというと、それは腸が脳と密接な関係にあるからです。
例えば、脳がストレスなどの刺激を受けると、その信号が腸に送られて、腸からセロトニンという物質が分泌され、腸の動きが活発になります。この脳からの信号が腸に伝わりやすい、すなわち腸からセロトニンが分泌されやすいと、腹痛や下痢を引き起こしやすくなります。
ただし、ストレスを自覚していないこともあり、ストレス以外の要因も考えられています。最近の研究では腸内細菌(悪玉菌)の異常増殖も原因のひとつに挙げられています。悪玉菌は偏食や不規則な生活、ストレスなどによって増えますので、注意して下さい。治療はストレスへの対処や食生活および生活習慣の改善が基本ですが、実際にはそう上手くはいきません。薬でコントロールすることも多々あります。下痢に対しては腸の動きを抑えたり、水分を吸収したりする薬や、先ほどのセロトニンの分泌を抑えたりする薬、あるいは整腸剤を使います。
またIBSでは腸管が痙攣して起こる便秘(一般的な便秘は腸管の動きが鈍くなる弛緩性便秘)もみられ、腹痛を伴います。この場合は結局、緩下剤を使うことが多いのですが、整腸剤も効果的です。

最後にIBSはストレスが強く関係しており、抗不安薬が必要なこともありますが、できればストレスには趣味やスポーツなどで上手く対処したいですね。ちなみに私は最近、我流ですが、遊びでテニスを始めました。

いきいき生活通信 2014年 8月号

食道がんについて

蝉時雨、風鈴、夕立、高校野球など夏の風物詩は本当に良いですね。だから私は夏が好きなのですが、去年の夏はそれにしても暑かったですね。いよいよ夏本番ですが、皆さん、熱中症にはくれぐれも気をつけて下さい。
さて、今回は食道がんのお話です。

食道がんと言えば、歌手のやしきたかじんさんが今年の1月に2年間の闘病の後、お亡くなりになりました。研修医1年目の時に受け持ちになった血液疾患の患者さんがたかじんさんの大ファンで、ベッドサイドに行くといつもたかじんさんのCDを聴いていて、「すごくいいから聴いてみて」と薦められたのを思い出します。あれから20年以上も経ったと思うと何か淋しい感じがします。
食道がんは私がまだ医者として若造だった頃は予後も悪く、実際に私が初めて経験した食道がんの患者さんは突然病室内で大量吐血され、あっと言う間に帰らぬ人となりました。今でもその光景は鮮明に目に焼きついています。

食道がんは解剖学的な理由から周囲に浸潤しやすく、また転移しやすいため予後不良のがんではあるのですが、最近は診断および治療技術の進歩によりその予後は著しく改善されてきています。
一般的な事としては、発生頻度は胃がんの約10分の1で、60歳代の男性に多く(女性の5倍)、喫煙と飲酒が確立された危険因子です。特にアルコールを摂取して顔が赤くなる方は要注意とされています。また熱い飲食物をよく摂取することもリスクになるとの報告があります。そして慢性的な胃酸の逆流によって起こるタイプの食道がん(白人に多い)もあり、このタイプは胃食道逆流症に加えて肥満により確実にリスクが高くなるとされています。
症状は食道のしみる感覚や食物がつかえる感じ、声のかすれや胸痛などです。特に食道のしみる感覚は早期にみられる症状でもありますので、覚えておいて下さい。

まとめると男性で飲酒・喫煙される方、アルコールの摂取で顔が赤くなる方、熱い飲食物を好む方、胃食道逆流症で肥満の方は食道がんのリスクがありますので、注意して下さい。またこれらのリスクがなくても、食道のしみる感じなどの違和感が続くようであれば検査を受けて下さい。診断は内視鏡検査になります。

治療は内視鏡治療、手術、放射線治療、抗がん剤治療ですが、病期や患者さんの状態によって選択され、早期であれば治癒も十分に期待できるでしょう。以上、食道がんのお話でした。

いきいき生活通信 2014年 7月号

老化について

プロ野球も開幕から2ヶ月が過ぎましたが、今シーズンは阪神タイガースが頑張っていますね。
阪神が勝った日は嫌なことも忘れて気分がいいです。「阪神が勝っても何もくれへんで!」と子供の頃、親からよく言われたりもしましたが、そんなことはありません。今の私は阪神タイガースから少なからず活力をもらっています。最近、老化をひしひしと感じる私にはこの活力が結構大事なのです。そういうわけで今年はちょっぴり本気で阪神の優勝を期待しています。
さて、野球の話は置いといて、今回は老化についてお話してみます。

私の身の上に起こった老化現象を具体的に述べてみますと、40歳頃から白髪が目立ってきて、髪の毛は減少傾向に、そして最近では近くのものが見えにくくなり、お腹の脂肪は一向に減りません。人の名前が思い出せず、夜間に目が覚めることも時々あります。
次は、頻尿や労作時の息切れ、生活習慣病などの出番でしょうか。何とかしないといけませんが、現状は一日5分の筋トレだけが頼りです。

では老化はどうして起こるのでしょうか。諸説あるようですが、定説はありません。
有力な説を二つ簡単にご紹介しますと、
①プログラム説:生まれた時から遺伝子に寿命や老化がプログラムされているという単純明快な説です。
ヒトの体は約60兆個の細胞から成り立っており、毎日15兆個の細胞が死んで、同じ数だけ細胞分裂により新たな細胞が誕生しますが、この細胞分裂には限りがあり、限界まで分裂した細胞は死へと至り、細胞の寿命によって老化が起こるということです。
もう一方の説は、
②傷害蓄積説:文字通り、細胞やDNAの傷害が蓄積することで老化が進むという説です。
遺伝子の本体であるDNAは実は度々損傷を受けたり変化したりするのですが、その都度DNAは修復されます。しかしその傷や変化を元に戻せなくなると、細胞は死に至ったり、あるいは異常なタンパクを産生したりして、そしてこれらの傷害が蓄積することで生体の活動が徐々に低下し、老化が進むという考え方です。どちらも正しいような正しくないような。

いずれにしろ老化は歳を重ねると必ずみられるわけで、あまり早く進むのは困りますが、どうせなら変わりゆく自分を楽しめるぐらいになりたいものですね。

いきいき生活通信 2014年 6月号

人間ドック学会の新基準について

先月初めに日本人間ドック学会が中心となって、健康診断や人間ドックで「異常なし」とされる新たな基準値を発表しました。
これまでの基準値と比べて非常に緩い基準となっており、私自身もびっくりしています。

具体的な基準値を示すと
①血圧は147/94以下(現行:130/85以下)
②身長と体重から計測されるBMIは男性27.7、女性26.1以下(現行:25以下)
③LDL(悪玉)コレステロールは男性178以下、女性は3段階に分かれていて30~44歳で152以下、45~64歳で183以下、65~80歳で190以下(現行:男女共に119以下)
④中性脂肪は男性198以下、女性134以下(現行:男女共に149以下)
となっています。
私の外来ではこれらの基準値内でも投薬をしている患者さんは少なからずおられますので、私は過剰診療(治療の必要がない方への投薬)をしているかもしれないということになるのですが。

さて、少し反論しておきたいと思います。
まず、この基準値は平成23年度に人間ドックを受けた150万人の中から重大な既往歴がなく、投薬も受けてなく、喫煙もしていない健康と思われる1万人程度のデータを分析して得られた数値です。この数値内であった「健診時に健康と思われた人」は果たして数ヶ月後、一年後、数年後も健康なのかどうかは全く検討されていません。
平成23年度の健診時のデータだけで基準値を決めるのは非常に危険なことではないでしょうか。

健診や人間ドックにおいて私が最も重要であると思うことは、治療の必要がない人に不要な治療をしないようにすることではなく、治療の必要がある人を見つけ出して治療を行うことだと思います。
そのためには健診の基準値はやや厳しく設定する必要があり、実際に治療が必要かどうかは私たち医師がしっかりとした目で患者さんを診察し、話を聞いて決めるべきだと思います。心筋梗塞や脳梗塞になるリスクは血圧や悪玉コレステロール、喫煙だけではありません。家族歴や善玉コレステロール、運動量や内臓脂肪など幾つもあります。
そして患者さんは一人一人違います。その患者さんが本当に治療する必要があるのかどうかの判断は私たち医師に任せて欲しいと思うのですが、如何でしょうか。

いきいき生活通信 2014年 5月号

ロコモティブシンドロームについて

厚生労働省の調査によると、健康寿命と平均寿命の間には男女とも約10年の格差があるそうです。
すなわち命が尽きる最後の10年間は何らかの介護が必要な状態ということになるのですが、この要介護の状態には主に三つの要因があり、一つ目は認知症、二つ目は心血管疾患(心筋梗塞や脳梗塞)に結びつくメタボリックシンドローム、そして三つ目は腰痛や膝痛などの運動器の機能低下を招くロコモティブシンドローム(以下ロコモ)です。

ロコモティブとは日本語で“運動の”という意味で、シンドロームは“症候群”という意味ですから、ロコモとは運動機能の低下によってもたらされる様々な症候(歩行困難や排泄介助など)を表しています。
実際に外来で年配の患者さんを診ていると、軽症も含めてロコモの方は非常に多いなと実感しますし、ロコモによって大変苦労されているのがよく分かります。

ロコモには骨(骨粗鬆症)・関節(変形性関節症)・筋肉/神経(脊柱管狭窄症)が大きく関わっており、これらの部分に痛みや機能の低下が起こると、生活機能も低下してしまいます。次第に歩行が困難になったり、食事や排泄の介助が必要になったりして、最終的には生活全般に要介護の状態になっていく危険性が高くなるのです。
皆さんはできるだけ人に迷惑をかけずに自立した生活を営み続けたいと願っていることと思いますが、それは健康寿命を伸ばすことに他ならず、そのためにはロコモの予防と改善が重要になってくるわけです。

私はこれまで患者さんから相談されると「もう高齢だから」とか「仕方がない」とか加齢だけが原因のように答えてきたことが多々あるのですが、ロコモは加齢だけではなく、その方の環境や食習慣、身体活動、運動といった生活習慣が大きく関わっていることが解ってきています。

おそらく今後ロコモ予防のための対策が確立されていくでしょうし、また関節の動きを良くしたり、筋肉量を増やしたりする薬が開発されるかもしれませんが、皆さんが早速できることがあります。
ロコモーション・トレーニング(片足立ちやスクワット、椅子に座って行う体操など)といって誰でも簡単にできるトレーニングやラジオ体操、ストレッチなどです。
毎日5分でもいいから、頑張ってみましょう。ただし無理は禁物です。

いきいき生活通信 2014年 4月号

TIA(一過性脳虚血発作)について

年始から始めた筋トレも2ヶ月続いているのですが、何だか最近意欲が低下気味で、少々気弱になっている今日この頃ですが、自らを鼓舞するために今回は脳梗塞に関連したお話をしてみたいと思います。

“ある日突然、脳梗塞を発症して寝たきりになってしまう”これは皆さんが最も避けたい出来事のひとつですね。外来でも「それだけはイヤだ」とよく耳にするのですが、決して稀な事ではありません。実際に脳血管疾患(脳梗塞や脳出血など)は癌、心臓病に次いで日本における死因の第3位であり、寝たきりになる原因の約30%を占めています。

突然に起こることの多い脳梗塞ですが、実は23%に前触れがあるという報告を皆さんはご存知でしょうか(ここが大事!)。
その前触れはTIA(一過性脳虚血発作)と言って文字通り脳内の血管が一過性に閉塞して脳梗塞の症状が出現するのですが、24時間以内に血栓が溶けて症状が消失します。多くは10分以内に改善するため、単なる“気のせい”だとか“疲れのせい”だと思ってしまうことが危険であり、このTIAが起こると3ヶ月以内に15~20%の方が脳梗塞を発症し、その半数が48時間以内に起こっているのです。そしてTIAを迅速に診断・治療することで、その後の脳梗塞の発症を大幅に下げられるということは複数の臨床試験から明らかとなっています。

このようにTIAは脳梗塞が差し迫った緊急性を要する危険な状態であり、TIAを見逃さないことが皆さんや私たちにとって非常に重要なのです。ではTIAの典型的な症状はどのようなものかと言いますと、半身の麻痺や構音障害(ろれつが回らないや言葉がでない)、視力障害(片側が見えないや物が二重に見える)です。これらの症状がみられたら要注意ですので、すぐに医療機関を受診して下さい。
また脳卒中対策を示した世界的なキャッチフレーズに『Act FAST(アクト ファスト)』という言葉があります。『顔(Face)と腕(Arm)、そして言葉(Speech)に障害がみられたら時間(Time)をおかずに行動(Act)起してほしい』という意味です。
皆さん、是非この機会に『Act FAST』という言葉を覚えておいて下さい。

いきいき生活通信 2014年 3月号

超高齢社会と認知症について

今年のお正月は飲んで食べての生活だったため体重も2kgほど増えてしまいました。さすがにこのままではいけないと思い立ったが吉日、1月6日から毎日“腕立て、腹筋、背筋、スクワット”をしております。
追い込まれないと何もしないのは元々の性分なのですが、これはこれで良しとして、あとは“継続は力なり”といきたいところです。

さて今回のテーマについてですが、先日某新聞を読んでいると“30年後には10人に1人が認知症”というショッキングな記事を目にしました。
30年後というと無事なら私も後期高齢者の仲間入りをしているのですが、果たしてどうなっていることやら・・・。

65歳以上を高齢者とし、総人口に占める割合が21%を超えると超高齢社会と定義されていますが、日本は2007年に超高齢社会となりました。もちろんその後も高齢者の割合は増加しており、2010年には23%で、2020年には30%近くになると予測されています。
このように日本の高齢化率は世界に例をみない速度で進行しているのですが、更に深刻なことは認知症の増え方が高齢者の増え方を大きく上回っていることです。そしてこのまま進めば30年後には10人に1人が認知症というわけです。
新聞記事にはそのような状況に対して「国家的危機が迫っている」と書いてありました。私も全く同感です。

認知症といってもアルツハイマー型やレビー小体型あるいは脳梗塞などによる血管性認知症などに分類されるのですが、いずれも程度の差はあれ、中核症状といって記憶障害や見当識障害(時間・場所・人物がわからない)、認知機能障害(計算力や判断力の低下など)がみられます。
進行性であるため、いずれ自立した生活は難しくなり、家族や介護従事者、医療関係者が関わることになっていきますが、中でも家族の負担は非常に大きいです。
また財政上の問題に加えて、事件や事故に関連した様々な問題もあります。

このような状況に対して私たちは何ができるのでしょうか。
認知症の原因究明や特効薬の開発などがこれらの問題の根本的な解決に繋がるのは言うまでもないのですが、今できることは、認知症の増加に伴い、認知症が大多数の方々にとって他人事ではなくなる時代がやって来るわけですから、社会全体で認知症に対する理解をより深め、そして認知症をどう支えていくべきか議論を重ねていくことが重要だと思います。

いきいき生活通信 2014年 2月号

再生医療について

新年明けましておめでとうございます。
一年前に私はこのコラムの冒頭で、怠け癖を解消して真面目に医学を勉強したいと書いたのですが、正に“言うは易く、行うは難し”でした。まあ、いつものことではあるのですが、全く情けない奴だとつくづく思っております。勉強の目標はどうも難しいようなので、今年は息子のソフトボールのコーチを卒業したこともあり、“体を動かさなければ”という焦りがありますので、何かスポーツを始めたいと思います。
皆さん、今年もどうぞよろしくお願い致します。

さて、今回は今後ますます発展が期待できる再生医療についてお話してみます。再生医療とは損傷を受けた臓器や組織を万能細胞などを用いて復元させる医療です。
例えば、角膜損傷によって移植が必要になることがあるのですが、提供される角膜が少ないため手術を受けられない患者さんがたくさんいます。もし再生医療によって角膜を人工的に作れれば多くの患者さんの視力を回復させることができるのですが、実は既に口腔粘膜などを用いて人工的に角膜を作り、損傷した角膜と入れ替える治療が行われており、良好な成績を収めています。
また動脈硬化により血管が詰まり、足の指が壊死して切断しなければならないような場合に、血管に分化しうる細胞を虚血部分の筋肉に注入することで、新しく血管を作り出す治療も行われています。

さらに再生医療が目指しているのは神経細胞の再生による脊髄損傷やパーキンソン病などの神経疾患の治療、心筋細胞の再生による心筋梗塞の治療、血液幹細胞の再生による血液疾患の治療、膵臓(糖尿病の治療)や腎臓(慢性腎不全の治療)、肝臓(肝硬変の治療)、骨などの臓器・組織再生です。
1970年代に米国で始まったこの再生医療は今や世界中で熾烈な競争が展開されています。そして細胞の分化のしくみにはまだまだ解からないことが多々あるのですが、大きな期待が寄せられているのは、山中先生が作製したiPS細胞です。
iPS細胞は皮膚細胞を遺伝子操作することで神経細胞や血液細胞など全ての細胞に分化できうる万能細胞ですが、iPS細胞を使ってこれらの細胞や臓器を作る再生医療も注目されており、今後の医療へ福音をもたらすことを願っております。

いきいき生活通信 2014年 1月号